フリーランスとかプロブロガーというのは個人を売っていくこれからの世としては本流なのか。

0
37

さて、先月末から読んでいた池井戸潤さんの半沢直樹シリーズの最新刊銀翼のイカロスまで読み終えました。

半沢シリーズはエリートサラリーマン達の不遇や怨恨をダイレクトに読者にわかるエピソードになっていて、サラリーマンてくそだよなぁとか、こういうサラリーマンになりたいなぁでもなれないなぁ
とか、正直これからサラリーマンとして歩んでいく人であればまず読んでみて!といいたい良書。

経済小説という位置づけだけど、経済学を勉強している学生であれば別に苦も無く読める、専門用語も意図的に使っていない感じがする。
世界観とか人物像はしっかり構成されて引き込まれやすいし、まずはドラマから入るのも手かな半沢直樹の続編は来年公開予定という記事を読んだ気がする。

今回書こうと思ったのはネット界隈で最近話題のフリーランスであるとか、プロブロガーであるとか。

火柱とはまさにこのこと

宮森氏である。

このくそほど炎上した記事に対して、私の意見を正直に忌憚なく発言する。

当初私は鼻くそをほじりながらことの顛末をツイッターで知ると。

あーこういう人もいるんだなぁ、世も末だなぁ」と眺めていたのではあるが、あれよあれよと炎上し、Yahooニュースに取りざたされ、茂木健一郎氏も言及するほどまでに。

取り上げられているのは、人ではなく事ではあるのだが・・・
当然人にもスポットライトは当たるよね、実際この人の50円で何かをする、という狙いがどこにあったのかはわかりませんが、結果として私のような人間にも知られていることであるから、知名度を上げることに成功したのはいうに及ばず。

 

プロブロガーって体を張ってネタ得る芸人と変わらないじゃん。

実際スポンサーが付けば何でもよいと個人的には思うのではあるが、今回に関してはその発想と一連の顛末が超スピードで起きているのだから、(もともと知名度のある彼だからこそ)素直に感嘆。

プロブロガーとかYoutuberに見られる、顔出しとセルフコンテンツの提供はこれからも増加し続けていくだろうし、実際サラリーマン以上の給与を得ている人間もたくさんいるのであるから、これからの世の生き方としては本流だと思う。
しかし、今回のこのようなことでニュースや著名人に取り上げられて有名になって優越感を得ることは生産的ではない。そこから何かにつなげなくては意味がない。
フリーランスになりました。って記事も疑問符を頭に浮かべる。

フリーランスはそもそも専門技術を有している人のことを指す

フリーランスというのは自分の意志で仕事を得る、時間を自分の好きな時間に割り振りができる、そのために専門的な技術を伴うものだと認識している。

元来、俳優や、ジャーナリストを指す言葉だったはずだが、インターネットの普及により次第にITに従事する人であるとか、弁護士、等やはり専門的な分野で活躍する組織に属さない個人を総称する言葉であると思う。

であるとするならば、彼らブロガーがいうフリーランスとはいったい何なのか。

フリーランスというのであれば、専門的に特化している必要があるし専門的に特化しているというのは社会的に見れば、学を修めた人であったり、法律ではその分野を扱う仕事にある一定の期間従事した人にその権利を与えるというのが日本である。

古い考え方といえばそれまでだが、ブログに特化した人間っていったいなんなの?っていう話。

有名なサイトのライターであるとか、新聞社に寄稿する御仁であるとか、やはり仕事の一環として行っている人間は誰がどう見てもプロだ。

一度ニュースに取り上げられたり、TV出たりして自らをプロとして自称するのにはいささか懐疑的な目を持たざるを得ない。(本人の勝手だが。)

生まれてこのかた学生生活を謳歌し、特になんの労もせずプロになれるのであれば、みんな幸せだろうな。
プロを名乗ってプロに成るっていうのも嫌いではないが。

専門的技術を習得して世に出るころには立派なオジサン

私の好きな漫画のベルセルクにはこういうシーンがある。
berserkinyou

※ベルセルク24巻より引用

イシドロ「普通 修行っていや、長い時間かけて、基本をくり返したり
技を伝授したりするもんじゃねぇのか?
いいのかよ?シロウトのオレがこんな思いつきの
即席戦法身につけちまって」

ガッツ「それとも お前 何十年も修行して
達人にでもなるのを
待ってから戦場にでるつもりか?
気の長げぇ話だな。」

サラリーマンになって専門的分野の長になるころには、もう歳になって実践的感覚(経営者として)が養われず、大成できないということもあるのだろう。

サラリーマンすらできない人は経営者は無理

サラリーマンとして、生きていくことに耐えられない人間は、結局別の問題が起きたときにそこからまた逃げ出してしまう恐れがある。

サラリーマンという道を選ばないのはそれが非効率的だと知っているからである、きっと堀江貴文氏だってサラリーマンとしてもし彼が上司にたてつくことなく(たぶんありえないけど)まっとうしていたとしたら、トップセールスマンになるのも、IT技術者になるのも、他人がそれをするよりもずっとずっと早いはずだ。

 

自己の能力を客観視できない人間は総じてダメだと思うというのが私の意見。

 

今好きなことは明日嫌いになってる可能性を鑑みることができない人間は結果的に失敗する。

好きなことで生きて吐血するほどのストレス受けてそれでも続けることができる人は成功するんじゃないかなぁ。

好きこそものの上手なれっていい言葉。

コメント

Please enter your comment!
Please enter your name here