【マインド】年収300万世代の私が考えるミニマリストイズムとは

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私は、子供の頃から部屋の片付けができない人間でした。
それは、片付けの仕方が間違っているからだと、一冊の本を読んで気づきました。

昨今話題になっているミニマリスト。

ミニマリストが増加するのは、飽和的な物質社会を背景に、「所有しないで、利用する」ことが容易になったことが挙げられます。

 

今の日本が本当に豊かであれば、物質依存は継続していたかと思いますが、バブル崩壊後の日本といえば、「失われた世代」を筆頭に90年代から悲しい時代を過ごしています。(ここからも失われ続けるんですが・・・)
しかしながら、「先進国日本」であることは依然として変わらず根付いていますから、世界の高級車もお金持ちは購入しますし、費用対効果の高い嗜好品を選択して選ぶこともできます。

 

閑話休題。

 

ミニマリストというワードで検索しても、結局のところ「モノを持たない人が多くても生活できます、だから私は捨てました」という率直な感想が矢面立っていて、ミニマリスト然としたなんかこういう人が増えてますよ、「断捨離して全部捨てればミニマリスト」みたいなことしか書かれてないので私が考えてみた。

じゃあホームレスは最強のミニマリストなんですかね?

目次

私が考えるミニマリストイズム

小泉首相が目指したのは小さな政府であり、独立採算的な、そう言った考え方。
高度経済成長が終わって社会に露呈したのは、日本のサラリーマン然として人間に権力を持たせると退廃してしまうということだ。

 

非生産的なものに金払ってるということ。

 

生産性のあるもにはそれに見合うお金をいくらでも注ぎ込みたいがそんなものがあまりなくなっているのも事実。

心のバランスシート

住宅も、車も、嫁も、子供も、金銭的なバランスシート(簿記でいう貸借対照表)上で仕分けすると全部資産なのですが、資産に分類するということは負債の部に記載しなくてはならず、まぁ純資産計上でしょうか。
しかし、「個人で減価償却」はできないので、資産の部と負債の部の均衡を保つためには、家で過ごす安らかな日々とか、車でドライブしたかけがえのない思い出とか妻と過ごす甘いひととき感動する子供の成長する姿、と言ったプライスレス的な要素(以下感動)とトレードオフしなくてはならず。

 

この「トレードオフができない」のが問題なのである。

実際にものが朽ち果てるスピードと感動の比重が合わないと感じているから、若者はものから離れる。それはそうだ、バランスシートは資産と負債がぴったり同じにならなければバランスシートとは呼べない。

 

心のバランスシートが合わないのであれば、ものが不要になるのは当然だ。

全てを諦め路上で生活している人たちはそうした感動を最初から放棄しているのである、究極のミニマリストがホームレスでないのは、この感動を能動的に手に入れたいかどうかではないだろうか。

ものが溢れかえりすぎていること。

実際今、部屋に眠っているもので常時稼働している、モノがいくつあるか数えてみた。

 

Mac、Kindle、外付けモニター、エアコン、iPhone、冷蔵庫、照明、ルーター(インターネット回線)、スピーカー

 

なんと9個だった。

 

今の私の生活はたった9個の製品やサービスが存在すれば成り立ってしまうのである。(洋服を忘れていました・・・

実際に使っているモノが9個しかないのであれば、それ以外のモノっていらなくないですか?ということ。(当然ながら食事は別)おそらく、私としてはこれ以上は減らすことができないし、パソコンやKindleなどの情報処理製品は新しいサービスが出るたびに買い換えると思われる。

 

しかし、マグカップもあるし、筋トレグッズも床に置いてあるし、月に数回、使えれば良い程度のもの少なからずあり、小さな部屋を圧迫していることもまた事実。メディアや他人から取り入れる意見で、購入したのはいいものの、実際の稼働時間数が極端に短いものばかりである。

いらない・・・

シェア〜は不自然ではない

最近はやりのシェアハウス、シェアカー。コストコなどの大量買い推奨店の勃興で食事もシェアするようになっている。

実はこの考え方って高度経済成長前の日本と酷似していて、分け合いの文化って日本にはもともとあるのではないか感じる。(時間作って調べてみたいですが)

もともと私たち日本人というのは小さな島国で中国から伝来した技術で「畑を耕す」、農村の人々がルーツですから、シェアするというのは基本的なことなんじゃないかということ。しかし、高度経済成長でGDPは急速に押し上げがあり、一気に日本は豊かになった。

多くの日本人が成金の金持ちを毛嫌いする風潮がありますが、今の50-60世代の世に言う「バブル世代」はその成金の金持ちど真ん中で、バブルをうまく切り抜けたお金持ちたち。そしてその人たちが今の日本を動かしている。国が豊かになるにつれて自分も豊かになっていったため、欲しいものはサクッと購入し、人にアピールするのが、人間の本来だと感じている人が多いように感じる。(私の感想です)

本当に必要なものはその時々で変わってくる。

本当に必要なものというのはその時々で変化するものと思われる。

 

赤子の時に大切なのはミルクとオムツであり、サラリーマンになって大切なのは、お酒と女性というようなものだろうか。ともすれば、毎日必要なものが微妙に変化していても何らおかしいことはなく、車離れとか酒離れとか、今の若者に不必要なものは淘汰されるのである。
淘汰、というより上記に挙げた日常的に稼働する必要のないもの

この考え方はいかにも今の若者然としていて、今の年収300万時代のあり方だと考えている。

もし仮に万が一若者世代がバブル世代と同じくらいの賃金を稼げたとしたら、私たちの大半はおそらく日本からいなくなってると私は感じる。お金があったらギチギチとしたため息が出続ける環境より、奔放で物価の安い国の方が良いに決まっているからだ。

 

私の考える究極のミニマリストイズムとは、その時々で心のバランスシートをピタリと合わせることができる人間であり、決して物質不要論のみを求める人間ではないということ。

 

※記載している全ては私の感想です。

「それ、あなたの感想ですよね?」という意見をいただいても、「はい、そうです。」としか言えません。

参考著書

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